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English edition
「イギリスの“いま“と“むかし”」を感じるレストラン。


「イギリスの“いま“と“むかし”」を感じるレストラン。
インスタグラムで見たそんな言葉に惹かれて有楽町"THE R.C. ARMS"に行ってきました。



THE R.C.ARMSの店舗正面THE R.C.ARMSの店舗入り口


 お店のオリジナルという触れ込みのフィッシュ&チップス、アップルパイを食べてみました。しかし、今の部分、昔の部分というのがいまいちわからない。それは私がイギリスの食に関する知識がないからではないか、知ればもっと面白いかも?と思い、少し情報をさらってみることにしました。その中で2冊の本が特に楽しく感じられました。


THE R.C.ARMSのオリジナルフィッシュアンドチップスTHE R.C.ARMSのアップルパイ


 イギリスの食といえば、日本では林望さんの『イギリスは美味しい』というベストセラーが知られています。1880年代にケンブリッジ大学教授としてイギリスに住んでおられた林さんは、これもイギリス式というべきか、やや皮肉の効いた口調でイギリスでの食体験を綴っていきます。出版された1991年当時の日本人でさえ、イギリスの食事は自分たちの口に合わないものとして認識していました。つまりタイトルからしてちょっとした皮肉かもしれない本書は、しかしながらイギリス愛に溢れています。あまりのまずさに仰天した料理に一時帰国後に再会するとイギリスに戻ってきた喜びを噛み締め、林檎の芳香にうっとり。口うるさいおじさんを装いながら、個人的体験を通して真摯に文化を分析しています。それにしても当時の日本人の舌はかなり保守的で、流行の最先端と言われていた女子大生でさえフライドポテト(イギリス英語でいうところのチップス)にビネガーをかけることに抵抗感を示していたようです。今ではビネガーは個人の家にもあるくらいですし、林さんが戸惑ったというスパイシーなお菓子を普通に味わう人も多いのではないでしょうか。


THE R.C.ARMSのメニューTHE R.C.ARMSのドリンクメニュー


 一方、羽根則子さんの『イギリス菓子図鑑』(2015年刊、2019年刊の増補改訂版を今回は参照)は、ざっと眺めるのもよし、じっくり読むのもよしという本でした。左にお菓子の写真、右に説明とレシピという、見開きで一気に情報が入ってくるページ構成。どんどんめくると、まるでスマホの画面をスクロールするような気持ちよさがあります。
 大量の菓子の紹介全てに写真がついているのは、食べ物の写真を見るのに慣れ切った現代人向きというだけではなくて、イギリスとアメリカのものを混ぜ合わせてなんとなく欧米文化として理解している私のような層が、難なく誤解を解消していくのに役立ちます。
 実際、これまでの疑問が多く解消されていくのが楽しく、自分の読む速度がもどかしく思うほどです。エッセイ部分ではイギリスにおけるブレッドやプディングという言葉の使い方を整理でき、レシピによって最近食べたお菓子が何を参照していたかを納得し、写真を見て『不思議の国のアリス』のジョン・テニエルの挿絵に出てくるタルトがジャム・タルトであったらしいことを理解しました。歴史的な背景も教えてくれるこの本は、物知りで優しい友達のように、その時々の自分の関心に寄り添ってくれそうです。




 さて、有楽町のレストランのフィッシュ&チップス、アップルパイは何が新しく、何が昔懐かしいのでしょうか。2冊からわかったことをまとめると以下の通りです。
 フィッシュ&チップスは魚にポテトをぐるぐると巻いて揚げていること、ビネガーではなくタルタルソースで食すのが新しい部分です。これはお店がオリジナリティを出すためにアレンジしたのでしょう。しかし、ハンディに食べられるように紙に包んで提供したのは昔ながらのやり方に倣ったのではないでしょうか。林さんの本には、紙の中に顔を突っ込むようにして食べる若者たちの佇まいが生き生きと描写されています。
 一方、アップルパイはアイスクリームがのせられ、レモンのソースが別添えで出てきます。上下のパイ生地で煮林檎を完全に包み込むのはイギリス式でしょうが、本国ではカスタードや生クリームを添えるのが定番のようです。レモンのソースにしたのは、イギリスでレモンが頻繁に使用されるからなのでしょう。これも、アレンジは日本向けでしょうか。羽根さんの文によれば、特に英米のアップルパイの違いは微細といえそうです。
 イギリスの今の雰囲気を反映しているのは、スパイスなどを使用した他のメニュー、つまりインドや中東の文化の影響を受けたもののようで、まだまだ奥深い探究ができそうです。


THE R.C.ARMSのハッピーアワーメニュー

 
かつて林さんが日本では「土着的に根付くことはないだろう」と予測したハロウィーンに華やぐ東京で、このようなレストランがオープンしたことに、なんともいえない感慨を覚えます。やるとなったら欧米を凌駕しそうな凝った仮装の人々が出現する日本の街。こうしたお祭り騒ぎは、土着的とは言えないかもしれませんが、一時の流行というには長すぎます。インターネットやSNSは、写真や映像を通して理解し、体感する私たちの能力を飛躍的に向上させているのでしょう。馴染みのなかった文化を受け入れる、アレンジする手法も変わってきているように感じます。こうした私たちの文化需要の変遷が、今と昔の2冊の本によって、際立って感じられるのです。


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調査地:THE R.C.ARMS 有楽町店

住所:東京都千代田区有楽町1-7-1有楽町電気ビルヂング北館 1F
電話:03-3214-7920

キャラメルバター アップルパイ/1,280円
R.C.styleフッシュ&チップス/600円

●point●

ブレックファーストからディナーまでイギリスの食を体感できるレストラン。多様な文化の影響を受けるイギリスの現状を反映したバリエーション豊かなメニューが特徴。醤油を使うなど日本的なアレンジが見られるのも楽しい。一方で、イギリスといえば思い起こされる定番の朝食が1日中食べられるなど、伝統的なカルチャーを伝えることも重視している。雰囲気はまるでロンドンのパブのよう。なかなか見られないカクテルや、オリジナルの紅茶、コーヒーも提供されており、様々な場面に活用できそうなレストランだ。

紹介した書籍:

林 望 著『イギリスはおいしい』
(平凡社 1991年3月刊行):


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 英語版(講談社英語文庫 2000年11月刊行)






羽根 則子 著『増補改訂 イギリス菓子図鑑 お菓子の由来と作り方』
(誠文堂新光社 2019年5月刊行)